下手の横好き語学学習日記


by telescopio

マサイ

d0018759_10181819.jpgこの本は、ダル・エス・サラームの空港で買った。
ダル・エス・サラームというのは、なんとも時間のつぶせない空港で、首都(正式にはドドマに移転しているが)の空港としては、かなり微妙。どこか似た感じの空港はというと、そうだなぁ、サナアなんかいい線かも。一応免税店はあるし(免税品は、キューバの葉巻とタンザニアの紅茶くらい)、飲食店もあった分、ヌアクショットよりはいいけど。
前回書いたように、持って行った文庫本がイマイチで、往路のドバイで買ったペーバーバックは読み終えたしまったし、でも乗り継ぎ時間はたっぷりあるし...ということで、売店にあった数少ない本の中から、これを選んでみた。まあヒマつぶしにはなるかな、と。

これは著者の体験に基づく実話で、原著はドイツ語である。著者コリンヌ・ホフマンはスイス人。
コリンヌは、ボーイフレンドと行ったケニアで、一人のマサイに一目ぼれし、ほとんど彼のことを知らないまま、そして共通の言語も持たないまま(彼女もマサイも英語はほんのカタコト)彼に恋焦がれ、スイスに戻ってボーイフレンドと別れ、仕事もやめてケニアに戻る。
この時点で、はい?という感じなんだけど、まあ、そういうことって起きるときは起きるんだろう...少なくとも、起きる人には。




いろいろあって、コリンヌはルケティンガ(と読むのか?Lketingaと書く)と再開し、彼のマサイの村(集落?)で暮らし始める。何度かスイスに戻ったり、マラリアにかかったり、車を買って小さな店を始めたり、ケニアの役所と戦ったり、けっこういろんなことがあるなか、二人は結婚し、一女を設ける。
しかしいつからか、ルケティンガはひどく嫉妬深くなり、コリンヌの不貞を疑い、彼女が店で顧客と会話することも嫌うようになり、ついには娘の父親は自分ではないとまで言い出す。
良い関係を築いてきたルケティンガの母も「男はそういうもの。だから複数の妻を持った方が双方にとって良いのだ」などと言い、ルケティンガの根拠のない疑いぶりに、哀しくて泣けば「認めた」とみなされ、我慢できずに「You are crazy!」と叫んだときは「妻が自分の夫をcrazyよばわりするなんて!」と皆に非難され(マサイの住居はつくりが簡単なので、夜に言い争いなんかすると村中に筒抜け)母国もキャリアも文明社会も捨て、マサイの社会になじもうと努力してきたコリンヌは、孤立し、その暮らしを続ける自信を失っていく。
もうダメか、と思うようになってから、いろいろな方法で関係修復を試みるが、そのたびに彼女は疲れ果て、最終的に、さまざまな困難を越え、彼女は娘を連れてケニアを離れる。
スイスに戻ってから、西欧の暮らしに再びなじむための困難や、14年後のアフリカ再訪を書いた続編?も出ているようだけど、う~ん、当面はいいや。

なんで「当面はいいや」かというと、まず第一に、この本、ちょっと読みにくいんだよね。
そもそも字が小さい(^_^;)。それは版組みの問題だから、エディションが違えば大丈夫だろうけど、ドイツ語からの翻訳のせいか、どうも文章全体がなんだかしっくりこない。
もともとプロの作家ではないから、こういう文体なのかもしれないけど、地の分はすべて現在形だし、似た表現の繰り返しが多い。
ただ、スイスで感じたであろう、カウンター・カルチャー・ショックみたいなものは、ちょっと興味があるし、ケニア再訪って、かつての夫に会えたの?ケニアの法律からいえば誘拐同然に娘を連れて出たのに?とか、気になる。

ところで、かつてマサイと結婚した日本人のエッセイ『私の夫はマサイ戦士』のことを書いたけど、改めて見たら、この中で『マサイの恋人』というタイトルで紹介されていた本が、この『The white Masai』だったと気づいた。
なんだ、日本語訳出てたのか!
しかも映画にもなったというし、英語の本を読むことそのものが目的でないなら、そっちがオススメかも。
でも、ここで気になったことがひとつ。
『私の夫は~』の著者、永松さんは、マサイには嫉妬という感情がないと書かれているが、この『The white Masai』では、マサイの夫の激しい嫉妬が原因で、二人の関係が破綻している。永松さんは、それを、ヨーロッパ女性であるコリンヌが、マサイの夫に、西洋風の(?)夫婦生活を教えたため、と理解しているようだが、それはどうだろう。
いや、もちろん事実がどうかは知りようもないのだけど、少なくとも『The white Masai』を読む限り、異常とも思える夫の嫉妬を、他のマサイは「異常だ」とは言わず、「男はそういうもの」と言うこともあり、それはコリンヌが夫を変えたわけではないことを示していないか。
事実としては、マサイにもいろんな部族というか氏族というか、下位分類?があるので、属するグループで違うのかもしれないし、コリンヌが気づいていなかっただけかもしれないけど、少なくとも、彼女の本を読む限り、永松さんの言ってるような理解にはならないと思うなぁ。
永松さんは、マサイの淡白な性を少し物足りなく感じつつ、よそから来た自分の都合で、夫の文化を変えようとするのはいかんと思っているようで、無理するとこうなるんだわ、と反面教師的に、コリンヌの本を読んだのかも知れない...と思った。
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by telescopio | 2010-10-30 11:09 | 読書(洋書)