下手の横好き語学学習日記


by telescopio

2万通りの死

シリアに「渡航の是非を検討してください」が出た。
あちこちに友人がいると、どのニュースにも反応してしまい、けっこうしんどい。
シリアこそ、いったん火が付いたら大変なことになりそうで、とても心配。
リビアは論外として、バーレーンもイエメンも落ち着かないまま。
そもそもイラクだって全然解決していない。
ここ数日は、パレスチナもアフガニスタンもパキスタンも、状況は違うけれども、どうも不穏だ。

あちこちで話題になっているビートたけしの「週刊ポスト」の記事。
焦点は『「被災地に笑いを」なんて戯れ言だ』の部分なんだろうけど、そこよりも。






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今回の震災の死者は1万人、もしかしたら2万人を超えてしまうかもしれない。テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだ。だけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。
じゃあ、8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、そんな風に数字でしか考えられなくなっちまう。それは死者への冒涜だよ。
人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。
本来「悲しみ」っていうのはすごく個人的なものだからね。被災地のインタビューを見たって、みんな最初に口をついて出てくるのは「妻が」「子供が」だろ。
一個人にとっては、他人が何万人も死ぬことよりも、自分の子供や身内が一人死ぬことの方がずっと辛いし、深い傷になる。残酷な言い方をすれば、自分の大事な人が生きていれば、10万人死んでも100万人死んでもいいと思ってしまうのが人間なんだよ。
そう考えれば、震災被害の本当の「重み」がわかると思う。2万通りの死に、それぞれ身を引き裂かれる思いを感じている人たちがいて、その悲しみに今も耐えてるんだから。
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”2万通りの死に、それぞれ身を引き裂かれる思いを感じている人たちがいて”
まったくその通り。
人に銃を向ける人すべてに、言って聞かせたい。
このくらいのことが想像できない大人は、すでに人間じゃないと思う。
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by telescopio | 2011-03-24 01:02 | 雑記