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下手の横好き語学学習日記


by telescopio

サウジアラビアという王国

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プリンセス3部作、と呼ばれる一連のペーパーバックを読んだ。
最初の1冊は、去年の9月、シリア旅行の際にドバイ空港で買った。こういう本があるのは知っていたけれど、目にする機会がなく、空港の本屋で見て即買い。それは往路のことで、旅行中に読み始めたらおもしろかったので、帰りに続き2冊を買おうと思ったら「先週はフェアをしていて、それは昨日で終わったので、その本はもう置いていません」「と、無常な宣告が。
き、昨日?
その後、11月にマレーシアに行ったとき、イスラムの国だしきっとあるに違いないと、KLの空港で本屋に行ったら狙いは的中。残り2冊を無事ゲットした。
余談ながら、年末のネパール旅行で寄ったバンコクの空港にはどれも置いてなかった。

1992年に初版が出版された『princess』は、サウジアラビアのプリンセス「スルタナ(仮名)」が、当時サウジ在住だったアメリカ人の親しい友人に頼んで書いてもらった、サウジアラビアの女性のおかれた地位、そして彼女自身の生活についてのノンフィクション。

スルタナは、プリンセスといっても国王の娘ではない。サウジでは、王族の女性はすべてプリンセス、男性はプリンスである。、初代国王アブドゥル・アジーズは、言ってみれば日本の戦国時代のようだったアラビア半島を平定するため、諸部族から妻を娶り膨大な数の子をなしたので、王族は今や2万人を越える。その中でも、彼の直系の子孫であるプリンス・プリンセスだけでも1,000人を数え、当然、その中には序列があり、スルタナは高位のプリンセス、つまり国王にかなり近い血筋の家に生まれた。



サウジ国内の複数の家をパレスと呼び、世界各地に別荘を持ち、それらを維持管理するため、たくさんの使用人を雇う。どの家にも当然車が何台もあり、専属のドライバーがいる。自家用ジェットでどこへでも行き、砂漠への旅では、バスタブや冷蔵庫まで大キャラバンを仕立てて持っていく。めまいのするような裕福な暮らしぶりが描かれているが、いうまでもなく、裕福=幸福ではない。
彼女の父親は非常に古いタイプのサウジ男性で、女性を明らかに一段下の生き物とみなし、最初の妻(スルタナの母)の唯一の息子アリをわがまま放題の好き放題に育てるが、9人の娘にはまったく愛情をかけなかった。
末娘であるスルタナは、そのような父と、当然ながら父そっくりの女性蔑視を身に着けた兄を憎悪し、サウジアラビアにおいて、女性が不当に虐げられている(ときに預言者の言ったことに反して)ことに常に憤りを感じるようになる。
彼女自身は理解ある夫に恵まれるが、本人の意思に関係なく、父や兄の利害のために、何十歳も年上の男に嫁がされる姉や従姉妹達の悲劇や、貧困国からメイドとして、ときに最初から性のはけ口として買われてくる女性の存在に怒り、不当に扱われている女性の救済をライフワークとするようになる。

3冊の本の中では、そうした大きな社会問題だけでなく、彼女自身の生活にふりかかる、さまざまな困難についても触れているけど、ごくシンプルに思うのは、子育ての難しさ。
そこはポイントじゃないだろう、という気もするけれど、スルタナ本人が一番苦労したのはそこだと思う。
スルタナは、一男二女をもうけた後で乳がんを患い、治癒はしたけれど再度の妊娠を避けるよう、医者に宣告される。彼女自身ももっと子どもがほしかったので非常にがっかりしたけれど、夫は「もっと子どもがほしいし、自分には10人でも養う能力があるから、第二夫人を娶りたい」と言い、怒ったスルタナが家出したり、すったもんだの末、二人が夫婦でいる間、夫はスルタナ以外と結婚しないという誓約をする。
それで二人には、サウジ王族には珍しく3人しか子どもがいないのだが、二人の娘はそれぞれにまったく逆方向の問題を起こし、しかも姉妹の相反する性格(姉はロックを好み男性を憎み、イスラムのモラルまでも軽視し、一方の妹は外国にいても頑なにベールを外さず、絵の才能に恵まれつつも、偶像崇拝に反するからと肖像画を描くのを拒む)のために、お互いを嫌う気持ちが強く、母としてのスルタナを悩ませ続ける。この苦労は、3部作の終わりになっても解決することなく続く。

サウジアラビアのいろいろな風習についても、いくつも興味深い話がでてくる。
たとえば、女子割礼。
これはおそらくアフリカ起源の因習だと思われていて、アラビア半島ではほとんど行われないのだけれど、サウジアラビアでは、部族によっては例外的に散見されるらしい。
スルタナの8人の姉のうち、上の3人は割礼を受けている。長姉のヌーラの出産の際、西洋人の産科医がそれを知り、父を説得したため、4人目以降の娘は割礼を免れたけれど、それは彼女の家系では長く続いてきたことだという。
2冊目の本『Daughters of Arabia』では、カイロの別荘に勤めるメイドが、孫娘の割礼を止めてくれとスルタナに懇願する場面が出てくる。
エジプトでは、今でもかなりの割合で女子割礼が行われているけれど、このメイドの娘達はそれをしなかったらしい。ただ、古い格式を重んじる村出身の婿が、娘には割礼を受けされると言って譲らなかったらしい(でも、そんな男がなんで割礼を受けてない娘と結婚したんだ?)。
スルタナは説得に赴くが、母親が決意を固めてしまっていて、それを変えることはできずに終わる。
メッカ巡礼の話も興味深い。
その時期、単に行事としての巡礼をこなすだけではなく、いわば潔斎に入るので、言い争いはご法度、劣情を持った後、禊をしないで赴くこともご法度である。巡礼の朝、夫の愛情深い微笑に、勝手にセクシャルな意味を感じてしまったスルタナが、大騒ぎして入浴からやり直したりししているのが面白い。
その他、家族の重要な問題は常に男性メンバーによってのみ決定され、女性は意見を挟む余地がないこと。厳しいイスラム法の施行にも関わらず、おめこぼしされている王族の放蕩ぶり。ときに母親さえ、若い息子の健康維持のために性の対象となる娘が必要と言い、エジプトのような貧しいアラブの国で、やりたい放題のサウジ男性、その需要に答え、別荘に娘を連れてくるエジプトの母親...気持ちの暗くなる話題には事欠かないけれど、感情の激しやすいスルタナと、理解ある夫カリームによって、少しずつ物事は動いていく。

実話として読むと、たまに「?」な部分はあるけれど、スルタナの安全のため、登場人物の名前を仮名にしただけでなく、エピソードの細部は変えてあるそうだから、多分そのせいなんだろう。ただ、1冊目の本のドイツ語訳が兄の目にとまり、父の逆鱗に触れたエピソードが2冊目の最初に出てくるが、だったら、よく続きを出せたものだというのは、かなり疑問に感じるんだけど...。

とても面白い本なので、サウジアラビアに興味のある方にオススメ。サウジの法律や歴史、アラビア語の単語についての簡単な解説もあり。
最後に、3冊目の『Desert Royal』では、スルタナと並ぶ高位のプリンスである夫が、末娘のサウジ王族批判にふれ「こんなに国王に近い立場の娘でさえ、王族の振る舞いに疑問を持っている。一般市民にどう思われているかは明白だ。この国は長くない」という発言をしていることを紹介しておく。
彼はさらに「もって20年だろう」と言う。この本の初版が出たのは99年。サウジアラビアの未来やいかに。
by telescopio | 2008-01-27 23:47 | 読書(洋書)