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下手の横好き語学学習日記


by telescopio

壮絶な半生記

壮絶な半生記_d0018759_21554759.jpgモロッコでは発禁処分になった、フランスのベストセラー『La Prisonniere』
『砂漠の囚われ人マリカ』という邦題で、日本語訳も出ていると知ったのは、読み終わってから。すごく面白い本なので、モタモタ辞書を引きつつ読むのではなく、日本語で読めばよかった。何せもとがフランス語の本。英語で読んだところで”原書”じゃないし、自伝ではあるけれど、著者一人で書いたものではなく、チュニジア人の編集者との共同作業で生まれた本なので、”彼女自身が語った言葉”というわけでもない。
そういうわけで、内容そのものを知りたい方には、日本語訳をオススメします。いや、見てないからどんな訳文か知らないけど。

さて、これは実際にあった話である。しかも、著者マリカの祖国モロッコで発禁になっているくらい、政治的にヤバイ内容である。
マリカは、モハメド5世統治下のモロッコで、国王の信頼篤いウフキル将軍の長女として生まれた。5歳のとき、国王から同い年の王女アミナの遊び相手にと、養女に迎えられた。
まだ母親の後を追う年代だったので、実母から引き離された心の傷は深く、宮殿で贅沢な暮らしをしながらも(生家も贅沢な暮らしをしていたが)寂しさを埋めるように、彼女は次第に空想の世界に遊ぶようになり、この習慣が、後に一家を支えることとなる。




マリカとアミナが7歳のとき、モハメド5世が逝去し、ハッサン2世の治世になる。彼は父の愛娘アミナとマリカの養育をそのまま引き継いだので、マリカは結局ハッサン2世を父として育った。
宮廷での優雅な暮らしぶり、国王の愛妾たちの揉め事、その他さまざまなことが語られるが、この時期、彼女の根底にはずっと寂しさがあった。何度かうつ状態に近くなり、二度自殺未遂の真似事をしたりするが、16歳でついに生家に戻ることを許された。
そこから2年ほど、放蕩生活と言ってもいいような暮らしが続くが、父ウフキル将軍がハッサン2世の暗殺を図って失敗したことで、マリカと一家の運命は激変する。
実父が養父を殺そうとした。
このことだけでも、かなり異常な事態だけれど、当然ながらクーデター未遂の首謀者としてウフキル将軍は処刑され(ここ、政治的には自殺とされているらしい)残された母と5人の子どもは拘束され、同行を許された2人の使用人とともに、モロッコ南部の砂漠での軟禁生活に入る。
以後20年間もの期間に渡り、一家の軟禁は続き、数度の転居(?)のたび、住環境は悪くなっていった。
最初のうちは、祖父からの手紙や本が届いたり、食料も十分ではないものの、それなりに支給されていた。それが最後の軟禁場所に移ってから、極端に劣悪な環境におかれ、一家はいつも空腹を抱えることとなった。サソリ、ネズミ、ゴキブリの這い回る、湿っぽく空もろくに見えない”家”で。
しかもこの”家”で、最初家族は昼間庭で一緒にすごし、夜だけ割り当ての部屋に入れば良かったのが、やがて日中も部屋に閉じ込められるようになり、一家で集うことはできなくなった。特に長男は一人部屋にされ、長い長い孤独と闘うことになる。この期間、実に10年...。
しかし一家は壁に小さな穴をあけ、ベッドの足やドアなどから寄せ集めた針金状の物を通して音を増幅させる”システム”を作り上げ、を部屋と部屋をつないで会話する方法を編み出す。そしてこのとき、マリカの空想癖が開花し、物語を作っては”システム”を通して全員に語り、夜毎そ続きを語り継ぐことで、一家の生きる意欲をどうにかつないでいく。

やがて、看守が積極的に自分達を殺すことはなくても、死ぬのを待っているということを知り、一家は逃亡を決意する。まさに、床をはぎ、空き缶で地面を彫り、トンネルを作って外に出るという、大脱走マーチな方法で。日に三度やってきては各部屋を調べる看守の目を欺き、作業は続いた。
トンネルが完成したとき、全員一緒に逃げるのはムリだったので、マリカと二人の弟がまず脱出した。しかし、どうにかラバトまでたどりつき、フランス大使館に助けを要請しようとしたところが、その日はイースターマンデーで大使館は空いていなかった。アメリカ、スウェーデンといくつかの大使館へ出向くが、身分を証明するものが何もない彼らは、中に入ることもままならず、進退窮まる。この後息もつかせぬ展開になるのだが、最終的にフランスのジャーナリストに連絡がつき、3人は保護され、”家”に残った家族とともに、新しい生活に入る。
しかしさらに数年、一家は警察の監視下にあり、自由の身ではなかった。パスポートも発給されず、かつて没収された財産の返還もなされず...やがて国際世論の力に国王が屈し、晴れて自由の身となったマリカは、初めて信頼できるフランス人男性と出会い、結婚してフランスに移り住む。

実に壮絶な話で、特にクーデターの後の展開は読み出したらやめられない。日曜日、その部分に差し掛かってから、一気に200ページくらい読んだところで深夜2時近くなり、泣く泣く中断した。ほ~、読めるものなのね(笑)。
しかし、こんな話を直前まで読んでいて、電気を消したからといってすぐ眠れるものではない。
マリカが囚われの身となったのは、19歳のとき。このとき一番下の弟はわずか3歳だった。3歳からの20年間、ほとんどの時間を外部との接触を絶たれてすごした彼の内面はどんなだろうか...。
後に、モロッコは数百人に及び”消えた”人達を解放することになる。それでもアムネスティ・インターナショナルは、まだ囚われたままの政治犯が200人以上いると訴えている。

最初に書いたように、英語でも日本語でも翻訳には違いないので、ストーリーを楽しむには、日本語で読んだらいいと思う。もちろんフランス語で読めるならそれがベストだろうけれど。
たた、英語版も、翻訳だということもあって、込み入った表現や凝った修辞はほとんどなく、かなり読みやすい英語で書かれているので、チャレンジしてみるのもいいと思う。
特に100ページ目から後は、ストーリーに引っ張られてやめられなくなるので、洋書は途中で挫折しがちという人にも、おすすめです。

余談ながら、何度か出てきたハマムは、ターキッシュ・バスと表現されていた。フランス語で何と書かれているのか知りたいところだけど、モロッコでも、あれはトルコ由来のものと思われているのだろうか?
by telescopio | 2008-12-03 23:39 | 読書(洋書)