下手の横好き語学学習日記


by telescopio

文字と言葉

d0018759_14122731.jpg表紙の絵が可愛いのにだまされて(?)軽い気持ちで読み始めた『文字の歴史』
すみません、とっても真面目な本でした。
いや、ふざけた本だろうと思ってたわけじゃなくて(どんな本だ)もうちょっと軽い語学エッセイ的なものをイメージしてたんですね、漠然と。
そしてこれ、翻訳もので、原題は『A History of Writing』。つまり、文字に限定した話ではなく、表記そのものの歴史について書かれた本だった。
面白いか面白くないか、と聞かれれば面白いのだが、最低限、一般教養レベルの言語学の知識がないと、かなり難しいと思う。
そこをクリアしたとして、日本人的に面白いのは、やはり東アジアの文字の説明だろう(知らない文字のことを説明されてもイメージできないからね)。
中国語のラテン・アルファベット表記(ウェード式からピンインへの転換にもふれている)、韓国やベトナムが漢字から表音文字に変わった経緯などの流れから、日本語もそうなるかというと、日本人は別に不自由を感じていない、という話はまったくその通りだと思う。
この著者は英語が母語だけれど、幼少時に沖縄に住んだことがあり、日本語の知識がある。そして日本語について「これまで地球上に存在した文字のなかで最も複雑な文字によって表記される」と書いている。もちろんひらがな、カタカナ、漢字の3つの文字体系併用システムのことを言っているのだけど、さらに踏み込んで「日本文字の複雑さは日本社会の複雑さそのものを反映している」とまで...そりゃフライングでしょ(笑)。
同じ著者で『ことばの歴史』という本もあるけど、まとまった時間のあるときじゃないと読めないかも。



d0018759_14352565.jpg続いて『図説 世界の文字とことば』
読んだのは少し前のことで、気に入ってライフログにも入れてる割に、紹介するのを忘れていた。
これは、いろんな言語の文法と文字の特徴を併せて説明した本で、1言語につき写真なども入れて見開き2ページの構成。なので、説明もごくごく表面的で、目立つ特徴程度しか触れていないのだけど、だからこそそこに一種のエッセンスがあるはず。これで「お、この言葉面白そう」と思ったら、それからその言語の入門書でも読んでみれば良い。
ただ、言語ごとに筆者が違うので(当然だが)文字と文法のどちらに重きを置くかはかなり違うし、説明のトーンもバラつきがある(ロシア語はやはり黒田氏だが、彼の論調はちょっと浮いてるかも)。でも面白い。

最初はギリシャ文字の系譜。
ギリシャ文字、キリル文字、グルジア文字、そしてラテン文字がここに入る。
ここでラテン文字使用言語として紹介されているのは17言語。あくまで文字での分類なので、欧州の言葉が多いものの、スワヒリ語、トルコ語、インドネシア語などもここで紹介されているのが特徴的。
とはいえ、欧州の言葉が10言語もあるのは、文字に興味の重点を置いて読み始めた私は、目次を見て最初ちょっと鼻白んだ。ラテン文字って意味では一緒じゃん!というか。
でも、もちろん読めばちゃんと各言語の違いが説明されている。アクセント記号とか、つづり字の工夫とか。つまり、これだけたくさんの発音やらなにやら違う言語を、たった26文字の共通アルファベットで表記できるわけがないので、その言語独自の音をどう表記するか?というような部分の説明がある。説明の程度にも差はあるんだけど、これはなかなか面白い。文字の話になると、どうしてもアジアの言語が中心になっちゃうから、ラテン文字を使ってる言語の表記の違いをまとめて読む機会って、特に一般の読み物としては、なかなかない。

それからアラム文字の系譜。
ヘブライ文字、アラビア文字、ペルシャ文字、ウルドゥー文字、エチオピア文字。
面白いと思ったのはウルドゥー文字(パキスタンの国語)。
アラビア文字やペルシャ文字によく似ているけど、文字数は35文字(ペルシャは32。アラビア文字は28)と多い。これは、ペルシャ文字にそり舌音を表す文字が3文字加わったためだそうだ。さらに有気音を表す記号もあり、これを1文字と数えてウルドゥー文字は36文字、という言い方をすることもあるらしい。
そり舌音を表す記号は、音楽記号のフラット♭みたいな記号で、これがあったらウルドゥー語だと見分けがつく。面白い。
それから、考えさせられるのはウイグル語。
政治的な問題から、表記がペルシャ文字、アラビア文字、キリル文字、ラテン文字とめまぐるしく変わり、今はアラビア文字になっているけれども、おかげで親子で互いの文字が読めないという問題が発生しているそうだ。ということは、たとえば北京に出稼ぎに行っている息子が母親に手紙で近況をしらせることができないわけで、高い電話代を払わないといけないことになる。
しかしそれも、教育機関での漢語使用への切り替えが進んでいることから、二世代後には漢語で書けば読めるよねってことで、問題にならなくなるのかも。
もちろん、それでいいかというのは別問題。

そして最もバリエーション豊かなブラーフミー文字の系譜(平たく言えばインド系文字)。
ここで興味をひいたのは、デーヴァナーガリー文字のヒンディー語。文字ではなく、文法の方で。
ヒンディー語は印欧語族ながら、屈折語的特徴は薄れていて、語順は日本語とほとんど同じ。それは知識としては知っていたけれども、それ以上のことにまったく興味がなかった。
この本で面白いと思ったのは、他動詞の過去形。
ヒンディー語の動詞は、普通に人称変化(主語の人称に対応)するんだけど、食べる、見るなどの他動詞の過去は、目的語に合わせて語形が変化するそうだ。つまり、食べたのが彼であろうが彼女達であろうが関係なく、食べたもの(たとえばマンゴー)の性・数に合わせて変化する。
ほほ~。これと似た現象、イタリア語やフランス語にもあるなぁ。
イタリア語の近過去(他動詞のとき)は、助動詞avereの人称変化したもの+過去分詞、その後に目的語、という形になり、過去分詞は変化しないんだけど、目的語が代名詞になるとavereより前にきて、その目的語の性・数に合わせて過去分詞が語尾変化する(フランス語だと複合過去で、助動詞avoir)。
変な規則!といつも思ってたけど、ヒンディー語にも似た(ってほどでもない?)規則あるのか。
これって印欧語族にはありがちだったりするのか?いや、たった3言語じゃ判らないけどさ。
それからタイ語。
表記が非常に難しいと聞いていたけど、そのひとつに文字の多さがある。子音字42、母音28、声調符号4...どんな音韻体系なんだ?
しかし、実際の子音自体の発音は21種しかないのだそうだ。文字の半分である。つまり同じ音に対応する文字が複数あるというわけだ。これはインド系文字にありがちな現象だけど(サンスクリットにはあった音の違いがなくなっている)、こんなに音に対して文字が多いとは知らなかった。
それからカンボジア語(クメール語ともいう)。文字はタイ語とよく似ているが、言語としては別系統。
私は趣味で受けた日本語教育能力検定のとき、正誤問題で「クメール語は声調言語である」というのはマルかと思ったらバツだった、という経験がある。当時クメール語については、文字がタイ語に似ていることしか知らなくて、漠然とあのあたりの言葉は声調言語じゃろ、と思ったら違った。問題に出るくらいだから、思い違いしてる人が多いのかも(だからって、日本語教師として覚えておくべき知識とは思わないが...クラスにクメール語話者が入ってきてからチェックしたって遅くない)。ちなみにカンボジア語はオーストロアジア語族で、タイ語はタイ・カダイ語族。タイ諸語の特徴は中国語と共通する部分も多く(単音節、孤立的、声調あり等)、シナ・チベット語族と同系論も一時はあったようだけど、今は別系統と考えられている。

もし文字だけに注目するなら『図説 アジア文字入門』がオススメ。写真が多くて楽しい。タイトルどおり、アジアの文字限定だけど。
逆に言語そのものに注目するなら『世界のことば小事典』。読みやすく書いてはあるけど一応事典だし、なかなか通読には至らないけど、ふと「あれ、この言葉って」と思ったときに見るのに、一冊あっても良いと思う。収録言語は128。
理屈はいいから、あいさつの表現をいろんな言語で知りたい、という向きは『世界のことば・出会いの表現辞典』。電話をかけるときの言葉、夜に会ったときの言葉、慰労の言葉、叱るときの言葉...と30の場面別の表現が59言語で紹介されている他、コラム形式で簡単に各言語のプロフィールを紹介している。
これも言語ごとに担当執筆者がいて、たとえば、出かけるときの言葉として日本語例が「行ってきますーいってらっしゃい」となっているが、複数の言語で「定型の言い方はない」と書かれている一方、英語では「I'm off」となっている。I'm off...う~ん、それ、本当に言うんですか?これなんか「あえて言えば」って感じがするけど、むしろ「定型の言い方はない」で良かった気が。この辺は担当者の判断が分かれるところかもしれない。でも、それも含めて面白いと思う。
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by telescopio | 2010-08-29 15:58 | 読書